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京都に来て、街角でしば漬けを売っている大原女(おはらめ)をはじめて見たとき、その清楚な美しさにはっとした。
無地の藍(あい)木綿の着物をひざ丈までに着て、糊のきいた日本手拭いを被(かぶ)っている。模様ひとつない地味な野良着だ。
そこに彼女たちはちょっと彩りを添えていた。たすきには赤、かすり生地の前掛けには赤や黄色模様のついた幅の広い紐(ひも)を付け、帯のように結んでいる。心ばかりのおしゃれだ。
たすきでたくし上げた肘から下の藍色の手甲(てっこう)、ひざ下の白い脚絆(きゃはん)がいかにもかいがいしい。
これが、頭に柴をのせて売り歩いた大原女や花を商う白川女(め)の姿である。
彼女たちは、ほのかな女の香りを漂わせた。頭の手拭いを結ばず吹き流しに垂らしている。所作で、顔がちょっと見えかくれするのがいい。
こうした姿も今ではほとんど見ることができない。大原女も白川女もどこへ消えたのか。
しかし、洛北雲ケ畑の料理屋さんに行くと、今も、着物の上に大原女と似た前掛けをしてもてなしてくれる。反物の巾三枚を胴に巻き付けるように仕立てた三巾(みはば)前掛けである。女将さんは「ここは昔、宮廷のご猟場だったんで、どんな高貴なお方の前にも、こんで出られる衣装やったんです」と語る。
誇りに満ちた衣装でもあったのだ。
大原女のたたずまいを見ていると、洛中へ商いに出掛けた女たちの、せいいっぱいのおしゃれ心が見える。 |